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アリアCD店主 松本大輔さんにコラムをいただきました。
こちらのページでもCDをお取り扱いしていただいております。

世界各国のマニアックなクラシックCDが、松本大輔さんの解説とともに掲載 販売されているアリアCDのホームページもぜひご覧ください。


ソプラノ、足利真貴。
 第17 回大阪国際音楽コンクール声楽・オペラ部門 エスポワール賞を受賞し、華やかなコンサート活動をこなす彼女が、デビュー・アルバムをリリースしてきた。
 抜群のスタイルに日本人離れした美しい顔立ち。その舞台栄えする容姿は外国人と並んでもまったく見劣りしない。まるでプリマドンナになるために生まれてきたような華麗な存在感。

 ただ、そんな足利真貴だが、店主はちょっと違う見方をしている。

 今から3年ほど前、名古屋栄の宗次ホールでプッチーニの生涯を語りつつ有名アリアで追いかけるというコンサートを企画した。
 しかし問題はソプラノ。
 プッチーニのヒロインは、トスカのような肉食系女子とミミのような繊細乙女系の2種類にはっきり分かれる。当然歌の性質も違う。その2種類のヒロインを同じ人が歌うことは、可能ではあるが、どうしても無理が生じる。しかも同じコンサートで歌わなければいけないのである。二重人格のように一瞬にして性格を変えなければいけない。そんな芸当ができる人はちょっといないだろうということで、このコンサートのソプラノはダブルキャストでいこうと考えていた。

 ところが・・・いたのである。
 それができる人が。

 足利真貴。

 以前うかがったコンサートの折りに見せた強い演劇的要素が、この人ならできると確信させた。
 そして実際その「プッチーニの生涯」という企画は足利真貴の熱演のおかげで大成功となった。
 マノン・レスコー、ミミ、トスカ、蝶々夫人、ラウレッタ、トゥーランドットの難曲を、それぞれの性格に没入し完璧に晴れやかに演じきった足利真貴は、まさにプリマドンナと呼ぶにふさわしい華やかさで聴衆を魅了した。

・・・しかし・・・
店主は、その裏でこの足利真貴というソプラノが、迷い惑い震え、まるで少女のように神に祈る姿を見た。

 その大スターの雰囲気とは裏腹に、一つ一つの曲に誠心誠意全身全霊で取り組み、自分のすべてを賭けて挑もうというけなげな姿勢を見た。
 彼女の成功は、そうした繊細ともいえる真摯な文学少女、あるいはストイックな修道女のような日々の姿勢が導いたのだと思う。

 さて、そんな足利真貴がデビュー・アルバムを出してきた。これがまあ、まさに彼女らしいアルバム。

 考えて考えて編み出したと思われる異例のソプラノ・アルバム。
 その選曲。
 日本歌曲とレスピーギの歌曲とイタリア・オペラ・アリア。
 普通に考えたら荒唐無稽に見えるこの選曲。
 しかし一見脈絡がないように見えて、・・・そう、実は非常に賢く練り上げられた文学的なアルバム。

 まず最初は親しみやすい日本の作品で聴く人を優しく導き、その後、林光の近代作品で圧倒したかと思うと・・・ふっといつのまにかレスピーギの世界、イタリアに連れて行く。これがなんとも自然。

 レスピーギは、「ローマ三部作」で代表されるド派手で華麗な作曲家のように思われているが、実は室内楽や歌曲に極めて秀逸で深い作品を残す、本当は内向的で文学的な作曲家。日本歌曲、林光の近代作品のあとに続いてなんの違和感もない。そして足利真貴のキャラクターとも相性がいい。
 

 ここで足利は、そのレスピーギの知られざる名曲を取り上げ、聴く人を明朗なイタリア歌曲の世界にいざなうのである。そして人々の心がトスカーナに赴いたところで、さあ、満を持してヴェルディとプッチーニの舞台へ・・・ ところがここも『アイーダ』と『トスカ』という超有名作の間に、『群盗』と『つばめ』からレアな曲を入れてくるという周到ぶり。しかもこの2曲が、聴く機会こそ少ないが実は素敵な曲。良くぞ入れてきたという名品なのである。 

 そんな足利真貴の考え抜かれた選曲になすがままに導かれ、最後に『トスカ』から「歌に生き、愛に生き」。ああ、そういえば3年前のコンサートで、「歌に生き、恋に生き」を歌ってほしいとメールしたら、「松本さん、、あれは「恋」ではなく「愛」だと思うんです。」と言ってきたのを思い出す。

 足利真貴、最後の最後まで、細部の細部まで真剣なのである。そしてピアノが鬼才赤松林太郎。アリアCDでもことあるごとに取り上げてきたいまの日本を代表するピアニスト。

 神戸大学卒業という異色の経歴をもち、宮本武蔵よろしく海外のコンクールを道場破りして歩き、リリースCDも「スカルラッティとチマローザ」、「ブルグミュラー」という仰天内容でマニア心をくすぐる。
 ここでの赤松林太郎も、伴奏というより、ピアノというより・・・楽器を超えた舞台そのもの。赤松林太郎のピアノが響くと、照明が灯り、色とりどりの花が用意され、拍手が聴こえ、ときにワインと血のにおいすらしてくる。

 こういう人がピアノだから、無限大の足利真貴の魅力を、豊かに抱擁しつつ発散させることができるのである。

(アリアCD店主 松本大輔)