にっき帳

2018年02月16日

深夜2時。極一部にファンがいる[足利真貴 夜中の駄文祭り]を開始します。

わたしは、知る人ぞ知るネガティブ人間である。
防衛本能なのかなんなのかわからないが、石橋を叩きまくるし、
かとおもえば簡単に泥舟かもしれない船に乗って、
乗ったそばからくよくよ後悔したり、脈絡のないネガティブだ。

かといって、日々悪いことがたくさん起きるわけではない。
むしろ良いことの方が多い。
でも小さな不安や、小さな失敗、悲しみに感情が引きずられて
一日が台無しになることが多い。

だからこそネガティブだと言えるかもしれないのだが。

そんな私が、去年の11月9日から毎日続けていることがある。
正確には2日ほど忘れたが。
嬉しかったこと、しあわせにおもったこと、感動したことだけを書く日記だ。
私は、感情だけを覚えていて引きずり、その反面、起こった出来事をほとんど忘れてしまう。
朝起きたことは、夜には、3日前のように感じる。あんまり覚えてない。
必死に思い出す。たまには、スマホのメモに入れておいてそれを写したりもする。
(忘れた日などは大変で、翌日は何もかけない。)

覚えれない という自分の欠点を生かして、この日記を活用している。
半月くらい前のものを読むと、
「イチゴを腹いっぱい食べてからネイルに行った」とかいてある。「帰りに餃子を買って帰って、家でうまく焼けた」とか、「友達と食事をする場所を決めたとか」かいてある。
そこをまた遡ると、「めっちゃ仕事頑張れた」とか、「大根ばっかり使った弁当をつくった」とか、「シンクめっちゃ綺麗に磨いたった」とか、かいてある。

そうなのだ。幸せなのだ。というか、日記を見ると覚えてないことがいっぱい書いてあるから、
悲しかったことも怖かったこともなかったことになっていて、
この日記の中で、私は1度も泣いてないことになっている。

私は幸せなんだな、と、確認して、安心して眠る。

きっと明日も明後日も幸せなことがたくさん起こるんだろう。

今日は、昨日バレンタインを心込めて渡したひとたちから、
ありがとうといわれた。

わたしの方がうれしい。ありがとうと言ってもらえるなんて。

心込めまくりなので、そうそうたくさんは渡せなくて、
その感謝をなかなか伝えられない人に、この機会を逃してなるものかと
一人一人に心を込めて贈ってよかった。

バレンタインにはお返しという余分な習慣があるから、
あれをかんがえると、
贈るのは逆に受け取る側にとっては迷惑なのでは と躊躇もしたけれど、
こんなにカジュアルに感謝を伝えられる日もないだろう。
そして実際、喜んでいただけたことがとてもうれしい。
お返しはいりませんよ、だって感謝の気持ちなのですから。

感謝を伝えるということを、忘れずにいよう。
感謝を、感じていても、伝えなければ。

私の日記帳には、ともだちが幸せになったことも書くのだ。
だからみんな幸せになってね。